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東京高等裁判所 平成11年(行ケ)167号 判決 2000年6月22日

原告

ゼネラル・エレクトリック・カンパニイ

代表者

【A】

訴訟代理人弁理士

【B】

訴訟復代理人弁理士

【C】

被告

特許庁長官【D】

指定代理人

【E】

【F】

【G】

【H】

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  原告

特許庁が平成8年審判第17127号事件について平成11年1月12日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文1、2項と同旨

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、1991年12月23日にアメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、発明の名称を「X線CTスキャナー」とする発明(以下「本願発明」という。)について平成4年12月4日に特許出願(平成4年特許願第350200号)をしたところ、平成8年6月21日に拒絶査定を受けたので、同年10月14日に拒絶査定不服の審判を請求した。

特許庁は、この請求を平成8年審判第17127号事件として審理した結果、平成11年1月12日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本を同年2月10日に原告に送達した。なお、出訴期間として90日が付加された。

2  本願発明の特許請求の範囲請求項1(以下、同項記載の発明を「本願発明1」という。)

生成される画像面(判決注・「両像面」とあるのは誤記と認める。)の幅を有し画像面の垂直方向に厚さを持っていて、開口部(11)を通る厚いX線ビーム(50)を発生する手段(13)と;

エックス線ビームに交叉するよう装置された検出器手段(14)にして、エックス線ビームの厚さ方向に沿って配列された1組のサブ要素(41-49,60)を含み、各サブ要素がX線ビームの厚さ方向における各部分に交叉して対応する薄スライスの減衰信号を生成するよう構成された、検出器手段(14)と;

次の前処理手段、すなわち、

(a)  前記サブ要素のそれぞれ又は幾つかから減衰信号を受けて対数を(判決注・「対数と」とあるのは誤記と認める。)とり、対応する薄スライスについての対数化した減衰信号を生成する対数化手段(53,64)、および、

(b)  薄スライスについての対数化した減衰信号を加え合わせて1つのスライスについての厚スライス減衰信号とする手段(56,58)を含む前処理手段と、前記厚スライス減衰信号を受けて再構成し画像を形成する画像再構成手段(25,36,37)とを備えて成る、X線CTスキャナー。

3  審決の理由

別紙審決書の理由の写しのとおり(ただし、7頁18行~19行の「切操」は「切換」の、8頁13行の「演算」は「演算等」の誤記と認める。)、本願発明1は、特公昭63-62215号公報(以下「引用例」という。)記載の発明(以下「引用発明」という。)に基づいて容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法29条2項の規定に該当し、特許を受けることができないとして、本願の出願は拒絶すべきものである、と認定判断した。

第3原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由1、2は認める。同3は、引用発明における⑥「データ収集回路53」からの信号が、本願発明1における⑥「薄スライスの減衰信号」に相当するとの認定(9頁11行~12行及び10頁5行)、及び相違点の判断(11頁16行~12頁4行)を争い、その余は認める。同4は争う。

審決は、引用発明の対数化処理の段階を変更することの困難を看過し、本願発明1の効果を看過した結果、相違点の判断を誤ったものであり、その誤りが結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、違法として取り消されるべきである。

1  引用発明において、対数化処理は、第7図に示される演算処理装置54に含まれる主演算装置63によって行われる。ところが、この主演算装置63は、対数化処理のほかに再構成演算等の処理も行うものであるにもかかわらず、そこには、対数化処理と再構成演算等の他のデータ処理方法との相互関係は記載されていない。したがって、引用例は、対数化処理を主演算装置63から取り出して、同一チャンネル毎に順次和をとる段階よりも前の段階に変更することを全く教示していない。

また、対数化処理は非線形演算であって、対数の和と、和の対数とは等しくないから、減衰信号を加え合わせて対数化処理した結果と、減衰信号を対数化処理してから加え合せた結果とは異なるものであって、演算順序を入れ替えることはできない。

したがって、前処理の回路を様々に変更することは、本願出願前において普通に行われていたことではあるものの、引用発明において対数化処理の段階を変更することが容易であったとすることはできない。

2  本願発明1では、各薄スライスのそれぞれが厚さ方向に部分的に密度の異なるところがない複数の薄スライスにして積分減衰値を求めるので、厚スライスの厚さ方向に部分的に密度の異なるところがある場合にも、部分的なボリュームアーチファクト(物体による偽像)の原因となる減衰係数の誤差がなくなるか、あるいは減少するかし、これにより複数の薄スライスの積分減衰値の和から得た厚スライスには減衰係数の誤差がなくなるか、あるいは減少するかする。その結果、本願発明1は、部分的なボリュームアーチファクトを減少させることができる効果を有する。

これに対して、引用発明では、厚スライスの厚さ方向に部分的に密度の異なるところがある場合、対数化処理する前にサブ要素からの減衰信号を加え合わせて1つの信号とするから、単に一つの厚スライスから得られた減衰信号と同じになり、部分的なボリュームアーチファクトの原因となる減衰係数の誤差が存在し、その結果、再生画像で密度の高い物体間にストリーク(筋条)のアーチファクト(偽像)が生じる。

本願発明1の前記効果は、引用例の記載から予測されないものである。

第4被告の反論の要点

1  本願発明及び引用発明の属する技術分野において、画像再構成処理や減衰信号の具体的特性に合わせて減衰信号に対する前処理を様々に変更して試みることは、本願出願前、普通に行われていたことである。そして、対数化処理の段階を、同一チャンネル毎に順次和をとる段階より前の段階への変更を試みることも、本願出願当時の技術水準からみて当然のことであった。当業者がこの変更を試みることを妨げる事由は特段見いだせない。

2  本願発明1の構成によりもたらされる効果は、引用例の対数化処理の段階を、同一チャンネル毎に順次和をとる段階より前の段階への変更を試みた結果生じたものにほかならない。すなわち、この効果は、当該技術分野の当業者が引用例の記載を検討した結果、予測できた範囲のものである。

本願発明1の効果についての原告主張の内容が正しいか否かを被告は知らない。しかし、いずれにせよ、それは願書に添付された明細書及び図面の記載を根拠とするものではないから、本願発明1の特許性の根拠にはなり得ないものというべきである。

第5当裁判所の判断

1  甲第3号証、乙第1ないし第4号証及び弁論の全趣旨(とりわけ、原告も「前処理の回路を様々に変更することは、本願出願前において普通に行われていた」ことを認めている事実)によれば、引用発明において、データ収集回路53は、「入力装置52の選択指示指令を受けて使用検出器列数に応じて変わる出力レベルに対応できるようにこのデータ収集回路53は処理方法を最適なものに合わせる」との処理を行っており(引用例4欄32行~35行)、上記データ収集回路53による処理は、その後に行われる加算装置62における同一チャンネル毎に加算する演算、主演算装置63における対数化処理の演算とともに、いわゆる前処理の一部をなすものであること、及び、本願出願前、本願発明及び引用発明の属する技術分野においては、画像再構成処理や減衰信号の具体的特性に合わせて減衰信号に対する前処理を様々に変更して試みることが普通に行われていた事実が認められる。そして、本件全証拠によっても、対数化処理を、同一チャンネル毎に順次和をとる段階より前の段階に変更することを妨げる事情は認められないから、引用発明において、対数化処理の段階を同一チャンネル毎に順次和をとる段階より前の段階への変更し、その結果として、サブ要素からの減衰信号を対数化したうえで加え合わせて1つの信号として再構成するという構成とすることは、当業者が容易にし得たことと認められる。

2  原告は、引用例は、対数化処理を主演算装置63から取り出して、同一チャンネル毎に順次和をとる段階よりも前の段階に変更することを全く教示していないから、引用発明において対数化処理の段階を変更することは容易ではないと主張する。しかし、引用例自体に上記教示がなくとも、前述のとおり、画像再構成処理や減衰信号の具体的特性に合わせて減衰信号に対する前処理を様々に変更して試みることは普通に行われていたことである以上、引用例に接した当業者にとって、対数化処理を同一チャンネル毎に順次和をとる段階よりも前の段階に変更することが、困難であったとは認められない。

また、原告は、対数化処理は非線形演算であって、減衰信号を加え合わせて対数化処理した結果と、減衰信号を対数化処理してから加え合せた結果とは異なるから、引用発明において対数化処理の段階を変更することは容易ではないと主張する。しかし、減衰信号に対する前処理を様々に変更すれば、変更に伴って結果が異なることは明らかであるから(そうでなければ、具体的特性に合わせて変更を試みる意味がない。)、当業者がこれを試みる際には、変更に伴う数値等の補正をすることを前提としていたことは明らかである。そして、減衰信号を加え合わせて対数化処理した結果と、減衰信号を対数化処理してから加え合せた結果とが異なることは常識であるから、引用発明について対数化処理を同一チャンネル毎に順次和をとる段階より前の段階に変更する際にも、前処理の一つとして、計算の結果が変わることに対応する数値補正をすることは当然である。このような調整が必要であるとしても、そのことは、引用発明において対数化処理の段階を変更することを困難ならしめるものではない。

3  原告は、本願発明1においては、引用発明との相違点に係る構成により、部分的なボリュームアーチファクトを減少させることができる効果を有すると主張する。引用発明において、対数化処理の段階を、同一チャンネル毎に順次和をとる段階より前の段階に変更した場合、これにより画像も変更され、ボリュームアーチファクトも変化ないし減少することになるという効果を奏することは明らかである。しかし、その効果のうちに、当業者が予想し得なかった範囲のものがあることを認めるに足りる証拠はない。

また、原告は、引用発明では、再生画像で密度の高い物体間にストリークのアーチファクト(偽像)が生じると主張する。原告の上記主張が、本願発明1が、引用発明との相違点に係る構成によって、上記ストリークのアーチファクトが生じないか又は減少するという点で当業者が予想し得ない効果を奏するとの趣旨であるならば、それは、願書に添付された明細書及び図面の記載において根拠が示されておらず、これらに基づかない主張であるから、採用することができない。

したがって、本願発明1の作用効果も、当業者が予測できる範囲内のものと認められる。

4  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

第6よって、本訴請求は、理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担並びに上告及び上告受理の申立てのための付加期間の付与について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条2項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

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